2008.03.28 Friday
母親を守った息子が行方不明
以下、3月26日の法王事務所の「チベットからのレポート(10)」の抜粋ですが、まずこれを読んでください。
******************* ■ チョーキ僧院(Drakgo郡)の僧侶たちは、中国当局によって強制的に寺を追放された。ンガゴン尼僧院の尼僧たちへの逮捕がひきつづいて行なわれているが、多くの尼僧が逮捕を逃れた。 (Drakgo郡 (中国名: Luhuo), Karze "チベット自治県," 四川省) Drakgo郡の一般世帯や僧院は、中国軍による乱暴な捜索を受けている。 多数の僧侶、一般人が行方不明となっている。 3月24日、Tehor 町(Drakgo郡)とその周辺の僧侶、尼僧、一般人が大規模な抗議行動をおこない、クンガ(21歳、チョーキ寺の僧侶)が中国軍に射殺された。軍は彼の遺体を運び去ろうとしたが、多数の抗議者が遺体を守り安全な場所に隠した。3月25日、中国軍と警察は、クンガの遺体を寺院から強引に運び去り、近くで火葬した。 チョーキ寺の僧侶らは死亡した僧侶のために祈りを捧げていた。この時、外に相当数の抗議者が集結していたため、彼らはこの機に乗じて抗議行動をおこした。これに他の一般人が加わり、抗議は規模と激しさを増していった。抗議者らは郡庁舎を目指して進んだが、おびただしい数の中国軍によって阻止された。 抗議行動を終結させようと、軍が空に向かって発砲。しかし、抗議者の決意は固く、抗議行動が続けられた。抗議者に銃口が向けられるなどして緊張が高まったため、僧侶と一般寺院は人間の盾となって、道に横たわった。抗議はその日の午後、僧侶と一般人自身がこの場を離れることを決意したことで終息した。抗議行動中の逮捕者数、死傷者数の詳細は不明。 3月25日夜、チョーキ寺は中国軍に包囲され、数名が逮捕された。逮捕者の氏名は、 1) ケツン・チョック(チョーキ寺の前副僧院長) 2) シェラブ(Jangchup ling村出身の僧侶) 3) タシ(Gorong村出身の僧侶) 4) ンガゴン尼僧院の尼僧 数名 ***********************転載以上 そして、その後なのですが、27日のチベット人権民主センターの報告によれば、Chogri寺の前僧院長であったゲシェ・ナムギャル・ツェリンとゲシェ・ソナム・ギュルメが拘束され、当局はチベット人たちに反抗することをやめ、ダライ・ラマと「分離主義者」たちを非難するよう命令しました。 そのとき、年配のチベット人女性、Ama Tsangloがその命令を固い意思で拒否し、「ダライ・ラマの帰還を」と大声で叫んだのだそうです。 怒った当局の役人が彼女をひどく殴りましたが、殴られながら彼女はさらに叫んだそうです、「私は決してダライ・ラマを非難しない、もしあなたが私を今日殺したとしても、私は何の後悔もない。」 年老いた母親がひどく殴られているのを見て、息子が群衆から飛び出してきて、役人を打ちのめしました。 母親と役人は病院に収容されましたが、その後息子は行方不明になっているそうです。 ーー本当に悲しくなります。 中国の仏教協会チベット支部の代表、Chubakang Tubdain Kaizhubは「仏教のカルマの理論で言えば、彼ら(一部の中国人)はその罪深さによって死後、生まれ変わることはできないだろう。」と言っています(ロイター、2008, 3,27)が、私もそう思います。 このあいだ仏教のクラスで先生が、地獄の一日はとても長くて、私たち人間界の500日が彼らの世界の1日に匹敵する、とおっしゃっていました。 こんな、母親を守った息子を拉致したり、真実を伝えようと声を出した僧侶たちを処刑したり、そんな人たちは、間違いなく、いずれ地獄の世界で長い長い苦しみを味わうのでしょう。 そうだとしても、今こんなことがまかり通っていることが、本当に許せないです。 |
